『五月の花』
今回の震災で亡くなられた方々に、心から哀悼の意を捧げます。
僕の知人に東北大学の医師がいる。
彼は今
カンパンをかじりながら、仮設テントの下で自らの命を削り
目の前の多くの命をまもっているらしい。
ある詩人が遺した一節を思い出す。
『他人を幸せにするのは、香水を振りかけるようなものだ。
振りかけるとき、自分にも数滴はかかる』
素敵な解釈だ。
吹きすさぶ寒風に晒された彼の頬にも
確かに数滴かかっている。
しかしそれは血だ。
さらに無情の春雪がその肩に絶え間なく降りつもる。
これが現実。
僕は彼を誇りに思う。
いつか世の中が落ち着いたなら
彼に暖かいお茶でも淹れてあげたい。
何も話したくなければ
沈黙に身を任せておけばいい。
明るさの中では見えなかったものが、暗闇で見えることもあるの
だから。
けれど
偽善者といっしょになって、しょげたりはしたくない。
不謹慎と言われても構わない僕は今、こう思っています。
志なかばで散っていった同胞の命を
闇に呑み込まれた知人の生を
生き残った僕たちの漲る生命の輝きで照らしてあげたい、と。
三月の凍てつく風と四月の冷たい雨が
五月の花を咲かせるのであれば
僕たちは、もうしばらく歩き続けなければなりません。
たとえそれが険しい坂道でも。
不死鳥のごとく何度でも、僕たちは劇的に復興するのです。
諦めなければ終わりはこないものです
希望をもって、それぞれの天命に生きましょう。
僕もがんばります。皆さんもがんばってください。
今夜も余震なゐのうちにある彼を想いながら。
2021年3月16日 夢見月のヴェネチアにて